永井優香選手 インタビュー 2019

先日、永井優香選手にお話をうかがってきました。

前回のインタビューが、2017年12月だったので、それから1年半弱。

現在は早稲田大学の3年生。今年の1月には成人式も終えたそうです。

すでに新しいシーズンにむかっているところですが、終わったシーズンのことからその先まで、お話いただきました。

永井優香選手インタビュー

早稲田大学在学中。エレガントで芯の強さを感じさせるスケートが素敵です。

―最近、スケートはどんな感じですか?

楽しくやっています。さすがに全日本選手権のあとは落ち込んだんですけど、もう春だし、夏の試合までに仕上げていけたらいいなと思って、自分の中ではプランを立ててやっています。やらされているわけじゃないので、自分で考えながらやるのが楽しいです

―今、2018-19シーズンをどう感じていますか?

その前のシーズンは、楽しんで滑るのを目標にして、それができました。だから、大学2年生の2018-19シーズンは、もうちょっと結果にこだわっていこうと思っていたんですけど、それが最後に裏目に出ちゃったかな。

でも、練習ではできていたし、全部悪かったわけではなかったと思っています。むしろ、東日本では、上位3人しか全日本に行けないっていう状況で、フリーの演技を終わった時に、「これで全日本に行けなくても、結構満足かな」と思えるくらいの演技ができたので、不思議なシーズンでした。

―全日本は、ちょっと辛かったですよね。

去年は、シーズンはじめから東日本のこと(上位3人に入らなければ全日本に行けない)で頭がいっぱいで、東日本が終わってからは、「行けなかった人の分まで頑張らなくちゃ」って思っていたんですけど、全日本の直前に調子が落ちちゃって、そのまま焦ったまま全日本が終わっちゃいました。

―調子が落ちちゃった?

ジャンプがまた突然跳べなくなって。でも、いろいろ気づかせてもらえた試合だったのかなって、全日本後にいろいろ考えて、そうやって前向きにとらえました。

―どんなことに気づいたんですか?

負荷をかけた状態でジャンプの練習をしていなかったな、とか。練習のとき、たしかにジャンプは跳べていたんですけど、それは、すごく追い込んで跳べるようになったというよりは、疲れていない状態で、ジャンプを1個1個跳んでたな、とか色々。

―なるほど。

負荷をかけて練習するのは当たり前かもしれないんですけど、負荷をかけて跳べなくなって調子が悪くなったら「どうしよう」って思ってしまう性格なので、まずは、練習で負荷をかけなかったら跳べる、と思うようにしていたんですね。どっちが正しいのかわからないままで。でもやっぱり、練習がそうだと、体力も全然なくて、滑り込みが足りないなとすごく感じて。そんなように考えたことを色々と、試合後たくさんノートに書きまくりました。

―優香さん、真面目ですしね。

ふふふ。全日本の期間中は、頭の中ですごくぐるぐる考えたので、この気持ちを絶対忘れないようにしておこうと思って、すごいたくさん書いたんです。

―全日本では、何を考えていたんですか?

「なんか調子悪いな」って思っていたらなんとなく時が過ぎて、「いつの間にか演技終わっちゃった、何も跳んでないな」って感じでした。だから、「なんでこうなった、なんでなんで?」って。そういう風に、考える機会を与えてもらったのかなと思っています。イメージを固めすぎちゃうことが多いので、そうじゃなくて、もっと多角的にものを見ないといけないなと最近思って。なので、本を読んだり、人の話を聞いたりして、いろんな方面から「こうかもしれない」ってことを考えるようにしはじめました。

―ジャンプが突然跳べなくなること、過去にも何回かありましたよね。

そうなんです。それが去年の全日本の1週間くらい前に突然来て。「また来たよ」って思いながら(笑)、対処しながらやっていたんですけど……。突然やって来るんです。

―その後、また跳べるようになるのには、なにかきっかけが?

それも、時間を置いたら、突然跳べるようになるんですね(笑)。考えこみはじめると跳べなくなっちゃって。

―特に大切な試合の前に跳べなくなったり?

そうだったのかもしれないけど、わからないです。今は、そういうことがなくなるように、意識してジャンプを練習しています。

―気持ちが強く入ると崩れて、穏やかに臨むと跳べる、とかなんでしょうか?

そうですね、自我が出すぎるとダメ、というか(笑)。春休みに教習所に通っていたんですけど、性格診断みたいなものがあって、「普段は穏やかですが、ときどき気分が乱れます」って。その通りだなあって思って(笑)。そういう粗さみたいなものが、スケートに出ちゃっていると思います。

―優香さんには、グランプリやジュニアグランプリに出たり表彰台に乗ったりした経歴があるけれど、それが今のスケートに影響してくることもあるのかなと感じたりもします。

正直に言えば、気にしちゃいますよね。大したことはしてないけど、でもグランプリに出たっていうのは自分のなかに結構あるので。

―四大陸選手権にも出ているし。

でもあの頃は、四大陸がそんな大きな試合だと思っていなかったんですよね。振り返ってみて、「グランプリも、そんな大きな大会だったんだ!」って。あの頃は、小さいな試合の延長線上にあるから出場していたという感覚でした。今は、「よくあんな場所に立ってたな。しかも英語で会見したりとか、私、何者だったんだろう」って思って(笑)。別の人間がやってたのかと思っちゃう感じです。

―あの頃の数シーズンの勢いはすごかった。

実際は半年くらいの感覚です。高校1年の4月くらいから12月くらいまで。「練習を増やしたら、もっと行けるんじゃないか」と自分の中で試してみたい気持ちが大きくて、中高一貫の学校をやめて別の高校に入ったので、学校を変えてすぐが一番調子がよかったです。気持ちも乗っているから。

―ジュニア最後の(2014-15)シーズンですね。

たまたまジュニアグランプリ1戦目で2位になったので2戦目も連れていってもらえて、他の選手が失敗してまた2位になって、ファイナルまで行けて。なんか、あれ?あれ? っていう感じで12月まで行ったんですけど、その後怪我がある中で四大陸と世界ジュニアに出て、終わって少し休んで練習を再開した時に、「ふうー、やっと1年終わったー」って感じだったんですね。

そのオフにはアイスショーもあったんですけど、こんな私が出て、しかも少しプログラムを滑っただけでお金もいただいちゃって……って自分の中にとまどいがあって。

―真面目さが感じられます。

高校2年だから、大学のことも考えなきゃいけないし、って迷いながらシーズンに入って、ちょっと気持ちは入りきらなかったんですけど要所要所では頑張れて何とかなって1年が終わって……その頃から、練習ばかりしているなって思うようになったんです。朝練のあとは昼寝、昼練、昼寝、夜練、って、練習と寝ることばっかりで。本当は英語の勉強とかもしたかったんですけど、「今日も、スケートと昼寝とごはんだけで1日終わったな」って。友達とも話す時間がないし、私の求めているものはこれじゃないって思って。私は、スケートだけに真剣になることはできなかった、というか……なりたかったけど、なれなかった、っていうのはあると思います。

―求めるものというのは、人によって違っていいものですからね。

もともとスケートで生きていくつもりはなかったし、普通にOLになるんだろうなって思い描いていたので(笑)

―いつも、「普通にOLになって」って言っていますよね(笑)

そうですね(笑)。普通に大学で勉強して企業に入って、普通に結婚して、っていうのをずっと思い描いていたから。高2くらいで考えることも増えてからは、迷いながらスケートをやっていたから、難しかったです。

だから、いずれにしてもたどりつく場所はここだったのかなとは思っていて。悔しい部分はたくさんあるんですけど、今の生活にはそれはそれで満足していて、またスケートがんばろう、みたいに思えている今が一番楽しい、というところですね。引退まであと2年だし。

―苦しい時期に、やめようとは思わなかった?

本当に苦しかった時には、大学2年生くらいになったらやめようかなって思ったりもしたんですけど、でも一緒にスケートをやってきている子もたくさんいるので、その子たちと頑張りたいなって。今年引退した人たちを見たら、うまく行った人も行かなかった人もたくさんいたと思うけど、みんなすごくいい感じで引退していったから、そうやってやめられたらいいなって思っています。

―あと2年と聞くと寂しくなってきますが、となると、もしかしたらもう大学4年生のシーズンにプログラムに使う曲は決めていますか?

はい、最後のシーズンのプログラムはなんとなく決めています。最後に滑るときとか、泣きすぎて演技できないんじゃないかと思って、今から不安で(笑)。

―次のシーズンのプログラムは?

ショートは、鈴木明子さんにお願いしました。「白夜行」です。インフルエンザのときにドラマ版「白夜行」を一気に見たんですけど、主人公たちはいろんな罪を犯してきたけれど、でも純粋なもの、1つの光があって、っていうところにぐっときたこともあったので。

―フリーは?

宮本賢二先生に振付けていただきました。夏の試合で初めて滑ると思います。

―新しいシーズン、どんな1年にしていきますか?

今は、全日本には出たいのと、自分でやるって決めたことは継続したいなということです。あとで振り返った時に、「ここをやっていなかったな」って思ったりしないようにしたいなって思っていて。新シーズンとその次のシーズンは全力で頑張って、「まだもっと行けるんじゃないの?」って言われるようないい状態でやめられたらいいなって思います。

それから、引退した後の人生もスムーズにいくように、スケート以外の学校とかの生活でもいろいろ学んで……今は、いろんなものを学びたいなっていう気持ちが大きいです。今しかできないことをして、たくさんのことを吸収したい。だから、1日1日を大事にしたいです。

方法は分からないけれど、なにか1つだけに特化するよりもバランスよく人間的にも成長できたらいいなって思っています。それが、私の弱い面でもあると思うけど、スケートだけの人生ではないし、他のことで得られたことがスケートの役に立つこともあるし。アスリートっぽくないのは自分でもわかっているので、そういう中で、うまくやっていけたらいいなって思います。自分で考えて物事に取り組めている今は、とても楽しいです。

―自分が楽しい、いい、と思えることが一番いいと、私も思います。

そうですよね。周りからいいなって思われても、自分が充実していないかもしれないし。軸を定めた中で、自分の充実度を大事にしたい思います。

ーーーー

永井選手にお話を聞くのは、5,6回目くらいだと思うのですが、いつも一生懸命にスケートや学校、生活のことを考えていて、真摯に生きているなあと感じます。

そうした話を聞いていると、あっという間に時間が経ってしまうのですが、今回も気づいたら数時間が経過していました、びっくり!

何枚か撮らせていただいた写真はどれも楽しそうに笑っていて、ほっと嬉しかったです。

▶永井優香選手の過去のインタビュー

永井優香選手インタビュー(1)永井優香選手インタビュー(2)

【講座のお知らせ】

●「フィギュアスケートの楽しみ方 ~伝説の演技を知る!」

6月29日(土)13:00~14:30

アイスダンスと言ったら、トーヴィル&ディーンの『ボレロ』だね」とか、「ペアと言えば、ゴルデーワ&グリンコフの『月光』でしょう」など、フィギュアスケート界には、伝説の演技というものがあります。伝説の演技には、伝説になるだけの理由があり、それを知ることで、ますますフィギュアスケートが好きになることと思います。今回の講座では、そうした伝説の演技を、当時のスケーターの状況や思いとともにお話します。

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●ロシア・サンクトペテルブルクで川口悠子が学んだこと

7月6日(土)10:30~12:00

昨年11月に大好評だった川口悠子さんの講座の第2弾。
ロシア代表のペアのフィギュアスケート選手として、輝かしい成績を残した川口さん。16歳で日本を離れ、2003年からはロシア・サンクトペテルブルクを拠点に活躍しています。ロシア語もわからないところからスタートしたロシアでの日々を、前回以上に掘り下げてお話します。
ロシア人社会にどう入っていったのか、とくに、同国の選手同士でも難しいペアのパートナーシップを、ロシア人のスミルノフさんとどのように築いてきたのか、など、彼女にしかできないお話満載です。もちろん、ペアのルールや技の解説もお楽しみに。スケートファンにもロシア好きの方にも楽しんでいただける講座です。

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●「フィギュアスケートの楽しみ方 ~あのスケーターのビフォア&アフター」

7月20日(土)13:00~14:30

世界トップ選手たちは、ジュニア時代も合わせると、5~15年くらい、さらにプロになるとそれ以上の長い期間、演技を見せ続けてくれます。その間には身体が大人になったり、技術力が高くなったり、表現力が深まったりなど、さまざまな変化が見られます。また、新しいコーチや振付師などとの出会いによっても、大きく変貌を遂げたスケーターも少なくありません。そうしたスケーターたちの変化を、その間の道程のエピソードとともに、コアに比較する講座です。

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●「フィギュアスケートの楽しみ方 ~アレクセイ・ミーシンというコーチ」

9月7日(土) 13:00~14:30

アレクセイ・ウルマノフ、アレクセイ・ヤグディン、エフゲニー・プルシェンコという五輪金メダリストたちを育ててきたロシア人コーチのアレクセイ・ミーシン氏についての講座です。現在の門下にはエリザベータ・トゥクタミシェワなどもいる、シングルスケーター中心に指導している78歳ですが、自身はもともとペアの世界選手権銀メダリスト。そうした経歴、功績、取材で何度も接してきた際のエピソードや関係者から聞いた話などとともに、ミーシンコーチについて語りつくします。

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